根本創造主として、私のスピリチュアルな世界

神懸かりの体験を元に日々の私のスピリチュアルな世界をご紹介します

俳句は言霊635「敬老日」・・天頂天頂界便り「重要:愛と平和の「広大無辺の大宇宙」の中心から、大宇宙全体を照らす始原の根本創造主の愛の光・愛天光のすべてについて、その誕生の秘話から今日の愛天光に至るまでの過程を詳しくお話しします。また一部で魂との関係についても、これを踏まえて、始原の根本創造主自らが改めてご説明いたします。そして、実際に広大無辺の大宇宙の隅々にまで愛天光を降り注ぎ、魂は言うまでもなく、「私」もまた始原の根本創造主であることを実証したのでした」

俳句は言霊です。季語を通して、自然や動植物そして人事を寿ぎ愛でます



白髭も剃れば若くも敬老の日



食べて寝て気長に生きて敬老の日



敬老の日今は百寿も夢ならず



敬老の日父が背中の灸の痕



目出度きは夫婦揃ひて敬老の日



我も又老々介護敬老の日



昨日は「敬老の日」でした。私も古希を迎えいろいろお祝いの品など頂きました。今は老々介護の身ですが、いろいろ句に詠んでみました。


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天頂天頂界便り・・重要:愛と平和の「広大無辺の大宇宙」の中心から、大宇宙全体を照らす始原の根本創造主の愛の光・愛天光のすべてについて、その誕生の秘話から今日の愛天光に至るまでの過程を詳しくお話しします。また一部で魂との関係についても、これを踏まえて、始原の根本創造主自らが改めてご説明いたします。そして、実際に広大無辺の大宇宙の隅々にまで愛天光を降り注ぎ、魂は言うまでもなく、「私」もまた始原の根本創造主であることを実証したのでした。
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五宇宙十四霊界時代の頃にも愛天光については、お話しする機会がありましたが、愛天光が広大無辺の大宇宙にまで広がった今、改めて私が知っている限りの愛天光についてお話ししたいと思います。以下は2022.4.27のブログを一部改定再録したものです。


愛天光の誕生秘話
私と愛天光との出会いは、プレアデス大王から悪霊退治の波動砲を頂いた時から始まります。それまで私は「世界が愛と平和でありますように」と毎日祈りを捧げていました。そして既にその頃から、私の体からは愛と平和の光が発するようになっていました。そして波動砲を得た私は、波動砲が私の放つ光を増幅してくれたのでしょう、いつの間にか、愛と平和の光をより強く発現できるようになりました。いつしか波動砲に頼らなくとも、強い光を発現できるようになっていました。


その時の愛と平和の光・愛天光は、まだ理論化されてはいませんでしたが、私は愛とは何かを地上世界の経験を踏まえてとことん考え抜き、ついに愛天光の理論化に成功します。そして何度も改良を重ねて「愛の定義と七つのキーワード」として発表するまでに至ります。


私はそれ以前から、プレアデスの庇護の下、愛天光の学校を作って霊世界の神霊たちに愛の光を教授してきたのですが、当初は愛の光を単に感動の光と勘違いされたりして失敗続きでした。それでもそれが理論化されると、急速に銀河宇宙に愛天光が普及するようになります。もうその頃にはプレアデスとは縁が切れて、彼等は銀河宇宙から姿を消してしまいます。その後、完全に独立した私は、根本創造主としての自覚がいっそう深まり、根本創造主としての霊界づくりを本格化させます。そして試行錯誤を繰り返した末に、七次元の神界から始まり十五次元の天頂天頂界までに至る十霊界が出来上がったのです。また、銀河宇宙の他に、別の四宇宙も支配下に治め五宇宙十四霊界体制となり、愛天光はその大霊界の精神的柱となって今日に至っています。


愛天光の理論とそれに不可欠な「愛と平和の祈り」
愛天光の理論は単純明快な理論なのですが、理論はわかってもなかなか体得するのが難しく、霊界では創造主の愛天光をデジタルコピーして学習することも多くなりました。そして、その学びやすさから大いに普及しますが、「愛と平和への祈り」すなわち創造主の感情の込められていないデジタル愛天光では、神霊たちはいくら修行を積んでも強い光を放つことは出来ないことも分かってきました。むしろ、それによって心身に害が及び、愛天光を発現することも困難になり、気が狂う神霊も現れました。その後、デジタル愛天光の害は、創造主自身の愛天光五を浴びることによって克服されて行きますが、神霊たちは理論だけではなく「愛と平和への祈り」がとても重要であることを思い知らされます。


いろいろな愛天光
愛天光は、愛天光一・三・五の光と愛天光十・十三の光に区分されます。前者は「神霊や霊人相互の間における愛」から生まれる一般的な愛天光です。後者は根本創造主が「愛と平和への祈り」を込めて、宇宙始原の愛のエネルギーを呼び寄せることによって生まれる「根本創造主の愛」を体現した特殊な愛の光です。


愛天光一・三・五
愛天光一・三・五は霊性修行によって発現できる光の強さは別として、誰でも発現できる光です。愛天光一は「相互理解」と「相互扶助」の愛の心から生まれる愛の光です。愛天光三は「信頼と尊敬」「相思相愛」の愛の心から生まれる愛の光です。愛天光五は、お互いに「対等・自由」であることを自覚し切磋琢磨することで新しいものを生み出す「創造的愛」によって生まれる愛の光です。これらの光の詳細は2021.3.17の「愛の定義と七つのキーワード」を参照してください。


愛天光十・十三
愛天光十・十三は、宇宙始原の愛のエネルギーを呼び出すことから始まります。そのためには宇宙の始まりから魂が生まれるまでの過程を熟知していなければなりません。また霊性修行を十分に経た者でないと宇宙始原の愛のエネルギーを呼び出すことは出来ません。
そもそも、魂は愛の意識生命体の集合体・塊で出来ています。宇宙始原の愛のエネルギーとは、まさにこの宇宙に遍在する愛の意識生命体のことで、魂の愛のエネルギーとは共鳴する関係にあり、霊性修行次第で呼び出すこともできます。宇宙始原の愛のエネルギーは無尽蔵の愛のエネルギーでもあります。どんなに発現しても、また呼び出しすることが出来ますので、これを体得した者は全くの疲れ知らずとなります。


愛天光十は「平和の和」の力を持っており、神霊・霊人たちに心の迷いや不安が生じて、霊界全体が不安定になった時、彼等の心を癒し落ち着かせ、リセットし、元の愛と平和な状態の霊界に戻す力を持っています。愛天光十三は「悪霊を善霊に変える力」を持った愛の光で、悪霊の心をリセットし、善なる霊すなわち「愛の定義」がわかる神霊に変えてしまう力を持っています。いずれの光も、神霊・霊人の魂に直接作用して、その効果を発揮します。


愛天光と魂との関係
始原の根本創造主の魂は不可分の二つの魂からできています。ひとつは愛天光を制御する本体の魂、もう一つは「私」という魂です。いずれの魂も愛天光を発現することが出来ますが、本体の魂は宇宙の真理について熟知しており、「私」の発現しようとした愛天光は、本体の魂によって制御されており、制限されたり増幅されたりします。なお、この二つの魂は普段は一つになっていますが、いざという時になると本体が分離して「私」に適切なアドバイスしてきたりすることもあります。
なお、始原の根本創造主の魂と「私」の魂との関係については、昨日のブログでご紹介してありますのでそちらをご参照ください。


以上、愛天光についてまとめをしておきましたが、紙面の都合でかなり大雑把なものになっています。しかし肝心なところだけは明らかにしておきました。何かご質問があれば、お答えいたします。


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<追伸>根本創造主たちの「私」に対する疑義を打ち払った「私」
魂は別として、「私」が始原の根本創造主であるかどうかに疑義を持った根本創造主たちが、「私」が本物の始原の根本創造主であるかどうかを確かめるために、試しに一億五千万の私の内部神霊を、まったく内部神霊の経験のない素人の神霊たちとごっそり入れ替えて、「私」が自力で愛天光十を広大無辺の大宇宙に降り注ぐことができるのか試しました。そして、「私」は見事に自力で大宇宙全体に愛天光の雨を降り注ぐことができ、根本創造主たちの抱いた疑義を打ち払ったのでした。


ちなみに、どのようにして「私」が愛天光を発現することができたのか、以下に簡単にご紹介しておきます。


まず愛天光十の発現はそれに不可欠な「愛と平和の祈り」を行うことによって、自動的にスタンバイの状態に入ることができます。また内部神霊一億五千万が力を合わせて光を放ちスターターモーターの働きをすることもできますが、今回は内部神霊に頼らず発現することになりましたので、私が自力で発現にまで導いていくことになりました。
スタンバイになったら、始原の根本創造主は宇宙始原の無限の愛のエネルギーとコンタクトをとります。これは宇宙の成り立ちをよく知った霊性修行を積んだ始原の根本創造主でないとできません。私は言うまでもなくその条件を満たしています。
後はどの程度の範囲まで愛天光の光を届けるのか指定をします。今回は広大無辺の大宇宙全体と言うことにしましたので「大宇宙の隅々にまで愛天光の雨が降り注げ」と念ずれば、自動的に適量だけ愛天光は降り注ぐことになります。なお、愛天光の光の量が100%に達すると、それ以上は祈っても発現しません。


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関連リンク 「愛の定義と七つのキーワード」2021.3.17ブログより
天頂界便り49・・最終改訂版「愛の定義と七つのキーワード」 - 私のスピリチュアルな世界