根本創造主として、私のスピリチュアルな世界

神懸かりの体験を元に日々の私のスピリチュアルな世界をご紹介します

俳句は言霊1213「手毬花」・・超天上天界便り「昨夜は、根本創造主の私が笑い転げるような楽しい夢を見ました。これは神霊たちが手作りした夢を見させられたわけではなく、創造主の私自らが作り出した夢だったので、楽しかった思いだけ残して、どんな夢だったかすぐに忘れてしまいました。それは、私も笑い、神霊達もそれにつられて大いに笑い楽しんだ夢でした。ただ、ぼんやりと分かっているのは、神霊達と何やら競い合って、私は創造主としての霊力なんか使わずに、一神霊の立場に立って、競争に参加したらしいことが分かっています。それは、例えば「この砂糖はとても塩辛い」を自己表現し合うようなゲームであったような気もする。いや、そうだったのだろう。私は、素直にゲームに参加し、それにふさわしい表情を見せたらしい。もちろん、それがジョークであることを承知の上で。そして、私も神霊もみな楽しんで笑ったらしいのです。」

俳句は言霊です。季語を通して、自然や動植物を愛で寿ぎます



手に乗せて撞きたや手毬てまり花



雨濡れて枝垂るは大き手毬花



薄緑盛れば白き手毬花



まるでそは四葩が白子手毬花



手毬花花枝連ねて雲のごと



小手毬の花が終わった後、初夏の花、大手毬(手毬花)が咲くようになりました。
・・・・・・・・・・・・・・・

超天上天界便り・・昨夜は、根本創造主の私が笑い転げるような楽しい夢を見ました。これは神霊たちが手作りした夢を見させられたわけではなく、創造主の私自らが作り出した夢だったので、楽しかった思いだけ残して、どんな夢だったかすぐに忘れてしまいました。それは、私も笑い、神霊達もそれにつられて大いに笑い楽しんだ夢でした。ただ、ぼんやりと分かっているのは、神霊達と何やら競い合って、私は創造主としての霊力なんか使わずに、一神霊の立場に立って、競争に参加したらしいことが分かっています。それは、例えば「この砂糖はとても塩辛い」を自己表現し合うようなゲームであったような気もする。いや、そうだったのだろう。私は、素直にゲームに参加し、それにふさわしい表情を見せたらしい。もちろん、それがジョークであることを承知の上で。そして、私も神霊もみな楽しんで笑ったらしいのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(続き)


宇宙創造の力を持った和魂と、悪しきものを破壊する力を持った荒魂との両面を持った根本創造主の私でありますが、基本は、いずれも愛の魂なのです。悪しきものを破壊する荒魂も、その本質はより良いものを産み出す愛の魂であるに変わりはありません。決して暴れ回るような恐怖の魔王の魂ではありません。


ですから、神霊達と楽しいゲームにも参加するし、共に笑ったりもするのです。もう口が酸っぱくなるほどに行ってきましたが、愛の大宇宙の掟書き「愛の定義」のキーワード、「信頼と尊敬」に基づく「相思相愛」の関係こそ、神霊達と創造主との関係で理想とするところでありました。また、霊力に雲泥の差があろうとも、差別はせず「対等自由」で互いに物が言える関係であることも理想とするところでありました。


これが根本創造主の私の基本的な考え方・姿勢であります。ですから、神霊達と時には、羽目を外してゲームをすることもあるのです。そしてお互いに笑い楽しめばいいのです。