根本創造主として、私のスピリチュアルな世界

神懸かりの体験を元に日々の私のスピリチュアルな世界をご紹介します

俳句は言霊237「桔梗」・・四国便り「明日は四国から愛知に帰ります。四国に集まった聖家族の様子についてお話しします」

俳句は言霊です。季語を通して、自然や動植物を愛で寿ぎます。



花桔梗汝は五角の紙風船



香は無くも色はすがしき花桔梗



いにしへはその名あさがほ花桔梗



花のごと晴れよ雨空花桔梗



光秀が夢は儚し白桔梗



秋の花ですが、早くから桔梗が咲き出しています。その莟は五角形で紙風船のようになっており、よく子供の頃はつぶして遊んだものです。


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四国だより・・明日は四国から愛知に帰ります。今日は四国に集まった聖家族の様子についてお話しします


聖家族は霊界の家族を除いて、地上界には全部で十二人いますが、四国に集まった聖家族は七人でした。老親二人。私夫婦にわが娘とその子二人です。二週間余り四国の妻の実家にいたのですが、次々と試練がやってきました。


この間の四国の暮らしで起きた七つの出来事


ひとつ、着いて早々、メインとして使っている井戸のモーターが使えなくなっていたこと。モーター設置をした高齢の老親(九十九歳と九十歳)に聞いても原因がわからず、ドタバタして、なんとか井戸に通じた電気工事屋を探し出して問題が解決したこと。モーターを長期間使わなかったので、安全スイッチが働いて停止したとのことでした。


ふたつ、折しも何十年に一度かという秋の長雨の最中、四国八十八か所の難所の難所六十番「横峰寺」に老親を除いた五人で出かけ参拝してきたこと。しかも、途中から雨降りとなりました。標高八百メートル程度の山ですが、危うくずぶ濡れになるところでした。


みっつ、四国の古家の庭の樹木を選定したのですが、その切り屑に近所の猫がまき散らしたノミが付いていて、人にも飛び移ってしまいました。老親以外の五人が無数の個所をノミに食われ散々な目に会ったのですが、一番噛まれて被害のひどかった娘に、ストレスが加わり症状が重く出で、精神的にも参ってしまったことがあげられます。医者に診てもらおうともしましたが、コロナのせいで医者は他県からの患者には対応してくれないとのことで、そのために新幹線で翌々日に帰らせることになりました。一方、私や孫たちは軽い症状だけで済みました。そして、教育ママで一番、聖家族としての資質に欠けていた娘が、この間みんなに支えられ、明るさを取り戻し、自分が過剰な教育ママであったことに気付き、個性の強く我が儘で問題児だった孫の一人に対する見方が変わったことは大いなる成果でした。私の妻もまた、かつては娘に対して過度な教育ママでしたが、今はそれを反省しており、今回孫の一人への見方を変えることができました。すなわち、教育はひとりひとりの子供の個性に合わせて、愛情を込めて行わなければならないことを悟りました。また、認知症の老母は、この時は意識がはっきりとし、孫の娘の悪化した症状をよく心配してくれました。


よっつ、帰る間際になって、井戸水が秋の異常な長雨によって、濁るようになってしまい、飲み水として使えなくなったことが挙げられます。みんな濁った風呂のお湯に浸かることになりました。飲み水としては、良く煮沸することで良しとしました。


いつつ、我妻は家族全員の面倒をよく見ました。娘が体調を崩したので、すべて古希を迎えた妻の方に家事全般の負担がのしかかってきました。これに対しては妻は何の不満も言わず、よく長い間頑張ってくれました。彼女は「愛の定義」の一番の理解者でもあります。


むっつ、創造主である私の歯は上が半分が部分入歯になっていますが、このブリッジの入歯が二日目に早くも割れて使えなくなってしまったことです。そして、飛び入りで四国の歯医者に電話し予約を取ろうとしたのですが、コロナの多発生地愛知からの客であり、在住歴二週間がないので、入歯づくりをしてくれないとのことでした。そのため、食べるものが制限され、体重が二週間で四キロ減ってしまいました。しかし、怪我の功名で、高めだった血圧がとても安定したものになったのはラッキーでした。私にあった食事を用意してくれた妻には感謝です。・・・・・


ななつ、思春期で性にすっかり目覚めた孫たちには、私から「初恋」とは何か、「恋愛」とは何かについてしっかりと話してやりました。そして、「恋」は人間としての成長に欠かすことのできないものであることを教えてやりました。自己中の我が儘な孫に、愛することはセックスが先ではなく、相手を思いやることから始まり、それができてこそ恋と言えるのだということ、相手の為に何かしてあげたいという気持ちが自然と起きてきて初めて恋をしたことになるのだと教えてやりました。導入教材に使ったのは、高校国語教材の川端康成の超短編小説「雨傘」でした。これを秋に誕生日を迎える孫二人への贈り物、手紙として送りました。


ところで、この聖家族の様子をずっと眺めていた神霊たちから、昨夜、こんな感想が寄せらてきました。


「よくぞ試練に耐えられました。聖家族として愛の結束の固い家族であることがよくわかりました」と。


神霊たちは、四国の聖家族の家でどんなことが起きるか、どうも知っていたようで、聖家族の結束を強めるためにいろいろ仕組んだ形跡があります。これも「あなたの為なら何でもします」のひとつの現れなのでしょう。とにかく「雨降って地固まる」の四国暮らしでした。