俳句は言霊303「枯芙蓉」・・天頂天界便り「かつて行われていたプレアデスの人間狩り。<鏡の世界>は狩られた人間たちを閉じ込める檻だった。創造主の手によって解放され、愛と平和の宇宙に生まれ変わった鏡の世界」
俳句は言霊です。季語を通して、自然や動植物を愛で寿ぎます。
末広や枝先どこも枯芙蓉
枯芙蓉床に風雅の華咲かせ
枯芙蓉日差しに淡き影落とし
枯芙蓉風吹き散らす花も無し
御手開く仏の華や枯芙蓉
奇麗だった芙蓉の花も、早いものでは今は散り「枯芙蓉」になっています。枯芙蓉は生け花にされることもあります。
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天頂天界便り・・かつて行われていたプレアデスの人間狩り。「鏡の世界」は狩られた人間たちを閉じ込める檻だった。創造主の手によって解放され、愛と平和の宇宙に生まれ変わった鏡の世界
何とも不可解な「鏡の世界」
今日も御子の宙(そら)に「鏡の世界」の様子を聞きました。しかし、聞けば聞くほどかの世界の「人間」たちは異常な行動をとる者ばかりで、行動に一貫性がありません。したがって、宙から説明をいくら聞いても、話に脈絡が無く、まるで精神病院の中の世界にそっくりでした。
創造主に対しては忠実・素直な鏡の世界の人間たち
ただ、宙が天頂天界にいる根本創造主の私の話をしだすと、「人間」たちは急に態度が改まり、ごく普通の人間になってしまうというのです。そして、創造主の話が途切れると、また狂っている人間のような態度に変わってしまうというのです。
よくよく宙から話を聞き、ここに至っては、単に彼らの行動がそういう変わった風習・文化を持っているのだという解釈では収まらないようになってしまいました。そして、私は暫し沈思黙考し、知識を総動員し考え、ついに次の結論を出します。
沈思黙考し、どうしてそんな鏡の世界になったのか気付いた私
実は二十数年前、私はプレアデスからある試練を受けていました。まだ私が霊性に目覚めたばかりの時です。その当時は理解不能の事件でした。しかし今はなぜそうなったか理由がわかります。
それはどんなことかというと、実は私もプレアデスによって鏡の世界に閉じ込められた経験があったのです。あれは創造主として目覚めたばかりで、自分自身をどう処していったらよいのかわからない試行錯誤の時代でした。突然「鏡の前に行け」という声がして、無理やり鏡の前に移動させられ、鏡と向き合った時、一瞬にして鏡の向こうの世界に魂が閉じ込められたのです。これはプレアデスが、私が本物の創造主の卵かどうか確かめるために行った行為でした。この魂を奪われ気が狂うという試練を最初にして、私の長い長い霊性修行が始まったのです。そして今日の私があるのです。
プレアデスによって鏡の世界に閉じ込められた人間たち
もうここまで言うと、お気づきになられた方も多いでしょう。実は「鏡の世界」の人間たちは、私によって滅ぼされこの世にもう存在しない、かつての宇宙神プレアデスが地球で捕まえて来た人間たちだったのです。その生き残りだったのです。プレアデスから魂の選別を受けた人間たちだったのです。
そして、プレアデスから何らかの魂の操作が為されたのでしょう、鏡の世界の人間たちは理性を失い支離滅裂な行動をとるようになったのです。その一方、魂を授けることのできる根本創造主の名前を聞くだけで、復活の希望が湧き、一時的に冷静さを取り戻すことが出来たのです。
創造主の手によって解放された鏡の世界の人間たち
それに気づいた私は「鏡の世界」に向かって、迷いと不安を取り除く「平和の和」の力を持った、宇宙始原の愛のエネルギーからなる愛天光十を強く発しました。するとどうでしょう。みるみる鏡の向こうの世界の「人間」たちは、ごく普通の人間に変わっていったではありませんか。愛天光十は宇宙始原の愛のエネルギーを持っています。魂も始原の愛のエネルギーの塊ですので、彼らは正常な状態に戻ったのです。そして、ついにプレアデスの負の遺産「鏡の世界」の呪縛は解けたのです。
鏡の世界の崩壊、そしてもう一つの愛と平和の宇宙の誕生
かくして、鏡の世界は崩壊し、銀河宇宙の他に愛と平和の宇宙がもう一つ増えたのでした。そこに生きる人間は厳しい試練に耐えた人間たちですので、十一次元にふさわしい高い意識レベルを持っています。ですから、解放された今、これからどうしていけばよいかは自分たちで考える決めることができるでしょう。同じ十一次元の天頂天界との交流も考えられることでしょう。いろいろな道が開けていくことでしょう。
そして、銀河宇宙の意識生命体の処遇に困っていた、意識生命体を率いる司令官の宙の悩みもこれで解消することでしょう。そうです。愛と平和の宇宙がもうひとつ増えたのですから・・・・・
関連リンク 愛天光十の「平和の和」の力
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