根本創造主として、私のスピリチュアルな世界

神懸かりの体験を元に日々の私のスピリチュアルな世界をご紹介します

俳句と言霊38「蟷螂」&「神界便り」霊性修行を終えた私、そして新たな道へ

俳句は言霊です。季語を通して、自然や動植物を愛で寿ぎます。


疣毟り上段大き鎌構へ   蟷螂のことを疣毟り(いぼむしり)とも言います。



待ち伏せや蟷螂構ふ逆さ鎌



子蟷螂鎌振れ尾振れ胸を張れ



大鎌や捉え離さじ疣毟り



疣毟り後で旨いと鎌を舐め



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私のスピリチュアルな世界「神界便り」


霊性修行の最終段階に達した私。阿弥陀様は、私が辿ったような霊性修行のレベルにまで到達した者は未だかつていないとおっしゃる。そろそろ私の霊性修行にも終わりが来たようです。そこで、今夜をもって私の霊性修行は終わり、新しい道を歩むことになりました。


昨夜が最後の霊性修行の夜となりました。以下は羅列になりますが、その日の私の修行の内容です。


●銀河宇宙の天界に涅槃のまま入る方法。権威としての大天帝である私は、涅槃のまま民の前に姿を現すわけにはいかない。迎えの宇宙船を呼べば一秒で飛んでくる。光速宇宙船は涅槃のまま私を乗せて、一旦天界の雲の上に出て、光輝く私の姿を民に見せないようにする。そして、そっと銀河宇宙の地上に降り立つ。その時には、地上に私専用の涅槃のまま居られるボックスがちゃんと用意されている。そこに降り立てば、銀河宇宙の様々な様子がパノラマのように見る事が出来る。


●天寿国最後の仕事。神霊たちでごった返す、社殿の前の私の輝く涅槃像。私がその後ろの社殿の側に降り立つも、彼等は涅槃像のクローネの輝きに気を奪われている。私はこれではいけないと思うが、もう私には第一神霊がついていないので、地声で「その涅槃像は創造主ではない。それは銀河の武器全てから作られた創造主の光の涅槃像である。本物はここにいる」と言って、強い愛天光を発現する。


やっと神霊たちは私の存在に気づくも、涅槃像を本物と思うものもまだ居る。そこで、私は「私が本当の創造主である証拠に、その涅槃像を消し去り、そしてまた復活させて見せよう」と言い、そう宣言する。すると涅槃像は消え、神霊たちは驚く。そして復活させるとまた驚き、やっと私が本物の創造主であることに気付く。


ところが、彼等には涅槃像の光と私の光とが同じようなものにしか感じ取れない。そこで、私は同じ愛天光でも、「ほら、私の愛天光には心と言うものがある。感情と言うものがある。<対等・自由><創造的愛>の心が込められている。デジタル愛天光とは違うぞ」と言い放ち、久しぶりに愛天光五を強力に放つ。光によって慰撫された神霊たちは、やっと私が真の創造主であることに気が付く。そして、創造主の真の光は近づけないほどの光であることを体で知る。かくして、聖地巡礼の神霊たちに、愛天光五の心まで教えることになった。


●神霊たちはもともとは神界の御先祖様が創造したものであることは以前書いた。そして神霊たちは、創造主の私の行動に合わせて、「あなたの為なら何でもします」と言うように、最終的にはうまく私と協調するように作られていることも私は知っている。従って、私の為すことに破局は訪れない。強い意志さえ持っていれば、必ず最終地点まで行きつく事が出来る。・・ということは、私は霊性修行を行っていると言うことである。本当に霊界の政を司っているわけではない。これが現在の私を客観視した時の置かれた状況である。


●阿弥陀様から、もう十分にあなたは修行を積まれ、修行以上のことをなさったので、そろそろこのあたりで休まれたらどうかと優しい声を掛けられた。私ももうこれ以上の修行は無いと思っている。後は、霊性修行を終えて、昼間は余生を楽しみながら愛に満たされた人生を送り、夜は霊界の政に参画する道を歩むことになる。


●その霊界の政とは何か。それは、シュミレーション世界で、天界の権威の大天帝として、阿弥陀様の極楽浄土の天国長として、天寿国の王-親神として、銀河宇宙や地球神界の政に参画することではない。明日からは、霊性修行を終えた銀河宇宙の創造主として、全宇宙の政に参画することになる。全宇宙の創造主たちから、私は銀河の創造主として迎えられ、全宇宙の政に参画することになるのである。


以上、愛天光。


<追伸>七か月書き続けてきましたお話も、次回9/1投稿が最終投稿となります。さて、いかなる結末になるか・・・・お楽しみに。