根本創造主として、私のスピリチュアルな世界

神懸かりの体験を元に日々の私のスピリチュアルな世界をご紹介します

俳句は言霊794「啓蟄」・・天寿国便り「天寿国で聖家族に囲まれて暮らすことになった私ですが、聖家族の神霊たちが主人である根本創造主の私の世話をするために、事前に私の事をよく知っておこうとして、私に夢を見させて私がどんな反応を示すか試してきました。その夢は五・六名である作業をして、仕事が終わり掛けたので、ご苦労様とみんなにフレンチトーストが振舞われた夢でした。その山と積まれたトーストを見た私は、大体一人当たり二・三枚食べられるなと判断し、一枚はその場で食べて、二枚は隣の部屋に置いておくことにしました。過不足があってはいけないし、後でゆっくり食べようと思ったからです。そして、仕事が完全に終わると、他の者もトーストを過不足なく取って、その場で食べずに持ち帰っていきました。そんな夢でした。聖家族の神霊たちは、この夢の私の反応を見て私の人柄を判断したのですが、異口同音に驚いたのは・・」

俳句は言霊です。季語を通して、自然や動植物を愛で寿ぎます



夢うつつ出づれば地虫目を細め



地虫出づ温む目覚めの朝の雨



そよ風に花のお迎へ地虫出づ



地虫出づ地穴はここぞ鉢の底



地虫出づ虎視眈々と鳥の群れ



今日六日は二十四節気の「啓蟄けいちつ」です。虫たちが地中から這い上がってくる時期を指します
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天寿国便り・・天寿国で聖家族に囲まれて暮らすことになった私ですが、聖家族の神霊たちが主人である根本創造主の私の世話をするために、事前に私の事をよく知っておこうとして、私に夢を見させて私がどんな反応を示すか試してきました。その夢は五・六名である作業をして、仕事が終わり掛けたので、ご苦労様とみんなにフレンチトーストが振舞われた夢でした。その山と積まれたトーストを見た私は、大体一人当たり二・三枚食べられるなと判断し、一枚はその場で食べて、二枚は隣の部屋に置いておくことにしました。過不足があってはいけないし、後でゆっくり食べようと思ったからです。そして、仕事が完全に終わると、他の者もトーストを過不足なく取って、その場で食べずに持ち帰っていきました。そんな夢でした。聖家族の神霊たちは、この夢の私の反応を見て私の人柄を判断したのですが、異口同音に驚いたのは・・
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(続き)以下は上記内容の続きです。


異口同音に驚いたのは、私が夢の内容をつぶさに説明できるということでした。そして、トーストを独り占めないしは欲張って多くとろうとしなかったこと。がつがつ食べずに、過不足があってはいけないので、二枚は隣の部屋に置いておいて後でゆっくり食べようとしたこと。そして何よりも、聖家族の神霊たちが驚いたのは、この単純そうに見える夢が何のために仕掛けられた夢か、私が第三者的に眺めて見抜いていたことでした。すなわち、主人の性格を知ろうとして仕掛けた夢だと、夢の途中から気が付き、どんな夢か私が探りながら夢を見ていたのに驚かされたのでした。だから、夢の細部まで覚えていたのです。つまり、仕掛けた聖家族の神霊たちが逆に試されていることになるのです。こんなことができるのは、私が長年霊界で生活して来て神霊たちの手の内をよく知っているからです。そして、何よりも根本創造主には「先読みの術」があるからです。


かくして、私を試した神霊たちは、ご主人様の事がよく理解できるようになりましたので、明日からは対応が違ってくると思います。なぜなら、ご主人様には夢による仕掛けが通用しないこと、ましてや誤魔化しが効かないことが彼らにわかったからです。それから主人が「欲張りではなく、みんなの事を考えて行動すること」も分かったはずです。きっと明日からは、根本創造主の私とともに「みんなで仲良く暮らす愛と平和の聖地・天寿国にしよう」のスローガンの下、仲良く暮らしていくことになるでしょう。


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(追伸)統合失調症と幻覚について
根本創造主の私が覗いている霊世界は、他者からすれば「幻覚」に過ぎないと思われるでしょうが、決定的に「幻覚」と違うのは、それに対して何の不安も恐れも持っていないことです。そして、それを第三者的に客観的に眺めることができることです。したがって、夢のような幻覚もそれに対して、私はつぶさに説明することができます。夢の持つ意味も見抜くことができます。「幻覚」に生活上左右される統合失調症とは異なっているのです。
何よりも、私の場合は夢から霊世界の中に入っていきます。しかもそれは、昼間の仮眠中は別として、ほとんどの場合夜だけに限られています。夜明けとともに見えなくなってしまいます。したがって、現実生活には何の支障もありません。